1月2日 Happy New Year

こちらでは今日から、普通に仕事がはじまりました。

New Yearは、1月1日だけ祭日で、日本のようなお正月シーズンではありません。
(日本のお正月にあたるのは、サンクスギビングとそれについでクリスマス。)


今日、ニューヨークの大学院に合格した友人がここを離れるため、お別れの挨拶を
したくて、彼女を訪ねました。

彼女は、以前ここにも書いた韓国人の友人で、ご主人の転勤でこちらへ来たのですが、
ご主人の駐在期間中に大学院に進むか、ワーキングピザを取るかしてなんとか、
米国で働きたいと頑張って勉強していた友人です。

控えめで、優しい2児のママでもある彼女ですが、でもその勤勉さと意欲には
尊敬の念を抱かずにいられません。

12月私達は、慌しく留守がちだったので、彼女は長い手紙で彼女の近況を教えて
くれました。  
彼女が送ってくれた時期よりもかなり遅れて手紙を受け取った私は、すぐに電話を
入れて、彼女がここを立つ前に会う約束をしました。

こちらへ来て、多くの人達と知り合うことができましたが、でもやはり『友人』と
呼べる人は、そう多くありません。
だから、彼女が大学院に合格したことをとても喜ぶ反面、彼女がここを離れて
しまう寂しさも大きいです。

『大学院合格おめでとう。 とっても嬉しいけれど、とっても寂しい。
 すっごい寂しくなる。』


『私もよ。Ayako とても寂しいの。』


この1年、私の中で変わったことは、『寂しい』とか『悲しい』とか、
『落ち込んでいること』を隠さなくなったことです。

以前はね、そういう感情は自分の『弱さ』で、それを他の人に悟られるのが嫌で
普通を装っていたと思うのです。
でもね、最近は、『落ち込んでいること』も、『泣く』ことも隠さなくなりました。

これはね、今の自分の『弱さ』ではあるけれど、私自身が『弱い』ことじゃなくって、
強くなろうとしている自分なんじゃないかな。。。って思い始めたからです。
だから、隠さなくなりました。
そういう感情を隠してしまうと、強くなろうとしている自分も押し込めてしまうようで、
隠さなくなりました。

ただし、隠さなくなったのは私が最初感じた感情、第一次の感情だけです。

人間の感情って、大人になればなるほど複雑で、怒りの後に悲しいみがきたり、
屈辱の後に落ち込みがきたり。。。と、時間や状況とともに変わっていくでしょう。
そしてときに、変化していく感情に対する言い訳や理屈も増えていく。

さらに、それを自分の思い通りにならない『英語』で、伝えようとしたときに、
自分がいったいどんな気持だったか、よくわからなくなってしまうんです。

だから、とにかく私が『最初』に感じた感情を自分の気持として記憶し、必要に
応じて伝えることにしました。

これって、簡単なようで意識すると結構難しい。
だって、瞬間的にいくつもの感情が起こることってよくあるでしょう。
でもそういうときも、いっちばん最初の感情を見つけるようにしました。

それが例え『弱く』っても、『かっこ悪く』っても、でもそれを理解してくれる
人は必ずいること、その人達が私にとっての『友人』であることに気がついたから。


2年後、彼女の卒業式には『喜び』をいっぱい持って出掛けたいと思っています。



1月4日 Birthdayラッシュ 今月我が家はバースデーラッシュです。 見てくださいこのカードとプレゼント。
もう少し誕生日が分散してくれるとよいのですが。。。。。 こればかりはね。。。
1月10日 潔さとNever give up ダンスのレッスンを受けていて、『今までと少し違うな』、と思うことが あります。 それは、先生から指摘を受けたことに対して、生徒たちが 『私はこうしたかった』、とか『今日はここを注意している』と主張する ことです。 私などは、 『自分がどんなふうに意識しようが、先生(振付師)の意図する踊りが  できなければ、それは間違ったアプローチだ』 と、思い、こんなふうに主張しません。 だから彼らの主張は、私には『言い訳』に聞こえ、言い訳が大嫌いな私には 往生際が悪いと映ることもあります。 でもね、どうも彼らには『往生際が悪い』という感覚がないみたいです。 根っこがこてこての日本人の私には、『潔さ ○』『往生際の悪さ ×』 みたいな概念があるので、これはとても不思議でした。 主張している本人も、それを聞いている廻りの人達も、そして先生も ある種その主張を楽しんでいる感じすらあります。 不思議だぁ〜、どうしてだろう〜、と思い彼に聞いてみました。 『それは多分、僕達が、自分がどんな主義・主張を持っているかを  大切にしているからだと思う。  例えそれが人から指示されたことであっても、自分の主張を持って  行動したい。   よく言えば自分がリーダーシップをとりたい。  だから会社のボス(上司)であっても、ミリタリー(軍)であっても  自分の主義・主張に合わなければ指示には従わない。  これは、良くも悪くもあるけどね。』 んんん〜〜〜、そうか。 ステレオタイプ的に言えば、日本人は基本的に自分の主張より上の指示に 従っちゃうよね〜。 『それから負けを認めたくないというのもあるね。  だからどんな些細なことでもすぐ訴訟を起こして、裁判に持ち込む。  社会や組織の上で、それは全然機能的じゃなかったりするけどね。  スポーツみたいに、勝ち負けが明らかな場合でも、次は負けないって  いう台詞を吐くのは有名だろう?』 あぁ〜〜、そう、そう、そうです。 そういえば、甥っ子のBenやAndyと子供用のトリビアというゲームを やっていたら、 『準備してトライしたのに失敗してしまいました。 どうしたら  いいですか?』 といったようなクイズの答えが 『Try it again(もう一回やる)』 『もうほとんど試合に負けそうな友達になんと言ってあげますか?』 といったクイズには、 『Neve give up(あきらめるな)』 でした。 そして、今日のレッスンで、先生が 『あら、それはとても素敵な言い訳だわ。』 と、とても嬉しそうに答えているのを聞いて、私の中で『往生際が悪い』 という概念の後ろの×が、少し薄くなっている気がしました。
1月12日 舞台 今日、『Beach Blanket BABYLON』という舞台を観てきました。 日本でも、できる限りいろいろな舞台観てきましたが、こちらへ来て 思うことは、劇場も舞台の種類も本当にいろいろあって、何より客層が 広くて厚い、ということです。 劇場は、ブロードウェイにみられるようなこじんまりとした劇場から プリティーウーマンに出てきたような(リチャードギアが飛行機をチャーター してジュリアーロバーツをオペラに連れ出したのも、ここサンフランシスコ) 劇場までいろいろ。  だから当然舞台の特徴を活かした演出や効果も楽しめるわけで。。。。 そして、それをお客さんが知っているんですよね。 今日観た舞台は、もう20年以上繰り返し上演されているショーです。 その間当然もっと大きなところで上演されたこともあったようですが、 今日一緒に行った人達は、何度も何度もこれを観ています。 劇場や演出や出演者のことまでよく知っています。 この舞台だけじゃなく、ミュージカルやバレエ演劇やオペラまで 本当によく知っています。 だから余計楽しめる。 舞台を評論するわけではなく、知識や教養でもなんでもなく、舞台を『楽しむ』 ことを知っている人達がここにはたくさんいます。 そんな彼らと比べれば、私はまだまだ未熟な観客です。
1月17日 アメリカのお金持ち この週末こちらでは3連休だったので、ちょっと足を伸ばしてSan Simeonと いうところまで行ってきました。 ちょうどサンフランシスコとロサンジェルスの中間です。 何があるかといえば、お城。 ハーストキャッスルと呼ばれる、アメリカの大富豪ウィリアム ランドルフ ハーストという人が建てたお城です。 アメリカにお城???と、思いましたが確かにあれはお城でした。 (詳しくは、トラベルレポート見てくださいね。) アメリカのお金持ちというのは、本当にすごいですね。 私が、日本のお金持ちを知らなかったのかもしれませんが。。。。ふぅぅ。 その後、ジュリア モルガンという、このお城を設計した女性が建てた 『普通の家』を見てきました。 実はそこは昔彼が住んでいたお家。 義母が 『ハーストキャッスルに行ったら、是非昔の家も見てきて頂戴。』 と、言っていた場所です。 これがその写真。
そしてこの少し先には、スペインの牧師様が建てた伝導院がありました。 アメリカの歴史は200年ちょっと。 でもアメリカとしてのカリフォルニアの歴史は100年ちょっとなんですね。 ハースト氏は、お城を建てた同じ頃、この伝導院も建てかえてくれたようです。 アメリカの歴史とカリフォルニアの歴史をすこぉ〜〜し知った週末でした。 いろいろ本を買い込んできたので少しお勉強です。
1月24日 明日から、サンディエゴに行ってきます。 日本から出張で来た友人に会うためです。 ここからは飛行機で1時間半位。 結婚してはじめての一人旅(?)です。 楽しみぃ〜〜〜〜。 サンディエゴもはじめてなので、時間があればいろいろ観てこようっと。 サンディエゴの今は。。。。
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1月29日 家族会議 昨日、我が家では『家族会議』がありました。 議題(?)は、義母の遺産相続。 2週間程前、義父から家族にこれに関するメールが送られてきたとき、 彼は、 『僕達は、姉弟全員大学まで出してもらった。それだけで充分だろう?  MomやDadにお金があるなら、それは自分たちのために使えばいいんだ。  こんな家族会議、僕は嫌だなぁ。』 とぼやいていました。 『家族の中で一番貧乏』(これは彼の結婚まえからの口癖。。。。この言葉に 全く嘘がなかったのは少し残念?!?!)な私達ですが、でもね、私も 彼の言葉に全く同感です。 私達が、自分の進みたい道で自活できるように育ててもらっただけで、 それはもう充分すぎるほどものです。 会議の後、義母の遺構通り遺産は姉弟に均等相続されました。 お金の価値観は、人によってそれぞれだと思いますが、私達には充分すぎる ほどの額でした。 姉弟の額を合わせると、もう一桁多い額を義父母は持っていたわけで、彼も 『こんなに大金だなんて知らなかった。。。』 と、言います。 私の知る限り、義父母の生活はシンプルで質素。 とりわけ専業主婦だった義母は、日用品を買うにも新聞広告をチェックし、 クーポンも使って買い物をし、すべての『物』をとても大切に使っていました。 勿論、節約だけでこんな大金が残せるとは思いませんが、でもそうやって 遺してくれたと思うと、子供が生まれてからずっと続いてきた親の愛の 深さに跪きたくなる思いです。 義父は会議の最後に 『このお金は、各自で自由に使いなさい。   生活のためでもいいし、投資に使ってもいいし、寄付に使ってもいい。  私達は、その使いみちについては何も言わない。  自分たちのために使いなさい。』 と、そして、 『これでMomもようやくほっとして、天国でにっこり笑っているよ。』 そう言い終えた義父の目には涙が光っていました。 彼は今だに義母の写真をベットに置いたまま寝ています。
1月31日 税金 先日の家族会議の後、出てきた問題(?)が『税金』。 こちらでは、日本のような源泉徴収制度が無いので、基本的に税金の 申告・納税は各自が行います。 それはあらかじめわかっていたことですが、問題は『私』。 私は、昨年途中まで日本で仕事をしていたので、今、昨年度分の 『確定申告』の処理をしています。 問題は、こちらでの居住者になった後の『収入』にどのように(USの) 税金がかかってくるか。 大体、私自身もいつから正式な『居住者』になったのかわかりません。 グリーンカードの処理は順調に済みましたが、正式なカードはまだ 届いていません。 (INSの検査官は、『半年以内に届くはず』と。) 本来なら私は『扶養家族』なので、税金はほとんどかからないはずですが。。。 こうやって頭悩ませながら収める税金です。 大切に使って欲しいです。 有効に使って欲しいです。 使い方できるだけ明らかにして欲しいです。 日本のニュースを読みながら、切に切に思いました。