誰の目にも明らかな小さな差

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So you think you can dance (シーズン2)も、いよいよ終盤。
昨夜は、トップ10(男性5人女性5人)ダンサーがペアで2作品、ソロで1作品踊り、そしてその中から今夜男女一人ずつのダンサーが落とされます。

もう、ここまで勝ち残っているダンサーは、オーバーオールで一流のダンサーです。
自分の得意とするジャンルのダンスは勿論のこと、それ以外のダンスが課題になったときでも、そのダンスの特徴をとらえて踊りこなし、アピールできたダンサー達です。

だから、これから落とされていくダンサーと、残っていくダンサーの差はもう本当にごく僅か。  
ちょっとしたダンステクニックの差、リズムの取り方、指先、足先への神経の行き届き方、表現力、パートナーとの合わせ方、パートナーとの間に生まれる雰囲気、観客へのエンタテイメント、そして本人の踊りに対する集中力や意気込み、などの小さな差です。
そして、これらの少しの差が、審判、観客、テレビの視聴者によって判断されるのです。

ただ不思議なことに、これらが本当に僅かの差(違い)あっても、審判、観客、テレビの視聴者には、明らかに 差 となって映ります。

ダンスの専門家である審判にも、ダンスを楽しむ観客にも、ダンスを全く知らないかもしれないテレビの視聴者にもその 差 はわかります。

で、ここから私は審判のコメントに聞き入ります。
(自称)末端ダンサーの私は^^;、私達の目に映る 差 の違いが何なのか、大よそわかります(多分・・・^^;)。 
両手を大きく広げることを意識しすぎて力が入りすぎていたとか、ユニゾンするときのアクセントの取り方が少し遅れていたとか、振りを追うのに精一杯で表現力がなかったとか。。。 
でも、私が 気がついた、この 差 が、私が彼らのダンスを通して感じた 差 ほど大きな違いではないときに、私は審判のコメントに聞き入ります。

それぞれの審判からは、それぞれ違った観点でコメントがつきます。

そして、このコメントを聞くたび、 『小さな違いがわかるのが専門家』 なのだ・・・と思い、その小さな違いが 誰の目にも明らかな差 になったときに、大きな結果の差となって現れる。。。ことを知るのです。

そして、そして、このことはダンスの世界だけでなく、 技術 の世界、どこでも同じなのでは。。。と、漠然と思っています。
 
一流のダンサー達は、この小さな違いを埋めるのに、どれほどの努力が必要か。。。もしかすると、どんなに頑張っても埋められないほどの差かもしれないことを知っています。
 

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このページは、WebMasterが2006年7月20日 13:45に書いたブログ記事です。

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